chain







監禁が解けて解放されたのはひととき、僕は竜崎と手錠で繋がれた。


「僕は逃げも隠れもしない だから寝るときくらい外さないか」
「鍵を別の者に預けているので私にも外せません 不便でしょうが我慢してください」
「・・・・仕方ないな じゃ僕は寝るよ おやすみ」

広々とした空間にあるスプリングの利いたダブルベッドに潜りこむ。
牢屋の硬く冷たいベッドとは随分違う感触で、柔らかい枕に僕は顔を埋めた。
久し振りによく眠れそうだ。
手錠の先にある存在さえ無かったら。
引っ張れば、血色の悪い男がもれなく付いてくる。
24時間監視される好ましくない状況とはいえ、さすがに疲れているから気に掛けずに寝てしまいたい。
目を閉じてうつ伏せになっていると、体を揺すられた。

「なんだ?」
「まだ寝るには早いですよ」
「もう眠いんだ 竜崎もそろそろ寝たほうがいい・・」

影を落とす男を見上げて、その線の細さにハッとする。
クマは相変わらずだし、睡眠をほとんど取っていないようだ。
僕も監禁されて体力や精神力を消耗したが、竜崎もかなり堪えている風に見える。
心配になって眉を寄せていると影が落ちてきて、驚いて横を向く。
追って来た唇は目や頬に触れた。

「竜崎っやめろ!」
「なぜです?ようやく二人きりになれましたね 久し振りですが忘れたわけではないでしょう」

服の下に入った冷ややかな手に脇腹をなぞられて、体が揺れた。
以前何度か目の前の男と抱き合った光景が、頭を駆け巡る。
何故僕が男と・・・・・理由は、思い出せない。

「悪いけど僕には竜崎の相手は出来ない 気晴らしなら他を当たってくれ」
「気晴らしで・・・・夜神くんを抱いていると思ってたんですか?」
「ん 違うの? とにかく僕は気持ちの伴わない行為を続けるつもりはないよ」
「では何度も私に抱かれたのは何だったんです!」

監禁される前まで嫌がりながら竜崎に抱かれていた記憶の断片は、竜崎の言葉と共に僕に事実を突きつける。
おぼろげな記憶の中、その頃何を考えていたのかがハッキリしない。

「あの頃と今とでは・・・違うんだ 忘れてくれ」
「シラを切るつもりですか?すべて無かったことにするなんて・・私が許しません」
「痛っ!竜崎」

細い腕のどこにこんな力があるのか不思議なほどの強さで両手を掴まれる。

「二人きりのときは“流河”でしょう 夜神くん」
「そうだったか・・・? ごめん とりあえずこの手を離してくれ」

いくつかの呼び名を持っている男に頼んでみる。
ようやく極限状態から解放されて広いフカフカのベッドで眠れると思っていたのに、
突然怒って圧し掛かってくる竜崎に戸惑う。

「夜神くん なぜ・・どうして・・・忘れてしまったんですか」
「すべてを忘れたわけじゃない しかし僕は竜崎・・流河を好きでもないのにベッドを共にするなんてどうかしてたんだ」
「本気で言っているんですか?」
「ああ 僕は無意味に嘘はつかないよ」

目を見開いた流河の瞳に、濁りのない僕の瞳が映って消えた。
うなだれた頭が、胸元に乗った。
ずっしりと重く。

「夜神くんは変わってしまいました・・・・・」
「そうかな 流河がそれほど僕のことを知らなかっただけじゃないか?」
「私はずっと・・今年に入ってからずっと見続けてきたんですよ 少しの変化も見逃しません」
「どう違うのか僕には分からないけれど・・・やはり流河とは友達でいたい」
「!」

ますます頭を押し付けて首を振る黒い髪に、空いている右手で撫でてなだめる。
混乱しているらしい男の言葉に、動揺するが僕に疚しいことはない。
正論を言ったまでのことだ。
まわりくどい言い方をするよりは、はっきりと拒絶した方がお互いのためになる。
僕は友達以上の関係を求められても応えられない。
服が湿っていくのを感じてことさらゆっくりと髪を撫でる。
顔を上げた流河の眼は乾いていて、濡れているのは口元だった。

「涎だったのか・・・」
「気持ち悪いでしょうから脱ぐの手伝います」
「自分のことは自分で出来るよ 着替えはどこにあるか知ってる?」
「着替えは必要ないでしょう」

口角を上げて笑った流河は、またたく間に僕の服を脱がせた。
手錠の辺りで丸まった物体が自分の着ていた服だと気付くのに、多少の時間を要した。
「流河・・・?」
「簡単にリセットなんて利きませんよ 私には」

体が反応する前に、唇が押し当てられた。
この薄い唇の感触には、覚えがある。
懐かしいけれど僕達は触れ合ってはいけない。
好意を寄せ合ってもいない、まして同性の僕達が。
押し返そうと腕を突っ張っても、上にいる流河の手は肌をまさぐる。
牢屋暮らしで僕の体力も落ちている。
諦めたらそこで終わりだ、蹂躙する舌に抵抗しながら顔を逸らそうと首を捩った。
手錠の鎖がうるさく音を立てる。
溢れ出した唾液が混ざり合って、喉が鳴る。
強引な深い口付けに、眩暈に似た酸欠状態に陥りかけて流河の背を叩いた。
顔を離した男は、僕の顔のいたる所にキスを落とす。

「・・・友達は・・・キスなんて・・し・・ない」
「私達がお友達だったことがありましたか?」
「!? 僕が初めての友達だって言ってたのは・・・流河だろう」
「言ったかもしれませんが本心ではありません」

衝撃で、僕は目を瞠った。
同じ大学の友人、そして捜査本部の仲間として変わり者だが流河には一目置いていた。
僕なら流河を理解出来るという自負もあった。
それを、一言で粉々に叩き割られた。
あの時の流河の台詞を信用していた気持ちを、踏み躙られた気分だ。

「・・・・・・・・酷いな」
「私が望んでいる関係は友達という枠には当てはまりません」

手の動きを再開した男を、僕は黙って見下ろした。
予想していなかった裏切りに、涙が浮かぶのを耐える。
反応の悪い僕に焦れた手は中心を掴んだ。
僕は抵抗も拒絶も忘れて、ただ横たわっている。
温かい粘膜に包まれて流河が口に銜えたと気付いても、どこか他人事のように映る。
それでも皮膚は感覚に素直に従い、高まっていく。
久し振りの快感に、腰が震えてあっけなく僕は達した。
すっきりする下半身とは別に、重苦しい気持ちに心を塞がれる。

「もう・・いいだろう」
「私はまだです 協力してください夜神くん」
「だから・・僕には出来ないよ・・・・んっ」

口に指を突っ込まれた。
反射的に噛んで、痛いかもしれないとすぐに力を緩めたのがまずかった。
口内を弄り回されて現れた二本の指は、僕の唾液まみれになっていた。
糸を引くそれを、ひと舐めした男は僕の下肢へと手を伸ばした。
探られて侵入してくる指。

「流河!よしてくれ 僕はこんなこと望んでない」
「思い出してください あなたはこうすると・・悦んでいたでしょう」
「くっ・・・・・・うっ」

僕の体を知り尽くしているらしい男は、中で指を的確に動かして様子を観察している。

「これからは毎晩一緒に過ごせますね」
「い・・や・だ」
「何度でも私は夜神くんを抱きます 思い出してくださるまで」
「なにを・・・?」
「・・・それが分かったら私に伝えてください」
「意味・・分からな・・・・!」

強い圧迫に、息が詰まる。
しばらく使っていなかった器官は犯されて悲鳴を上げた。
それでも押し入ってきた流河を、潤んだ視界で見上げる。
僕を無視して律動を始めた男に抱いていた友情は欠片もなくなった。
串刺しにされた僕は、ろくな抵抗も出来ないまま、流河の動きにつられて揺れていた。




疲労感漂う事の後、僕はたまらず風呂に向かおうとしたが、腰の鈍さに諦めた。
嫌がる相手を無理矢理抱く流河の真意は僕には計り知れない。

「もう二度とこんなことはしないでくれ」
「では勝手に抱きます 了解を貰おうとは思ってません」
「流河を見損なった・・・僕を裏切って平気な顔でまた寝たいなんて理解出来ないし理解しようとも思えない」
「裏切られたのは私の方です」
「!? 一体いつ僕が流河を裏切ったんだ?」
「現在進行形で裏切り続けているでしょう」

攻めるような口調で流河の言う裏切りが、僕には見当もつかない。
過去を手繰り寄せてみてもその中に答えはなかった。

「毎日僕を抱くつもりか?」
「辛かったら二日に一度で譲歩します」
「・・・・・流河の仕事は監視だろう」
「監視も兼ねて24時間お供いたします」
「交代は?24時間毎日なんて体を壊すぞ」
「私は自分の目で見なければ気がすまないので・・捜査本部のメンバーもそれは分かってくれています」
「流河のすることは無茶苦茶だ 悪いけど付き合いきれないよ」
「夜神くんがなんと言おうと私はずっと傍に居ます」

会話はどこまでも平行線をたどると悟った僕は、口を開くのを止めた。
背中を向けていた僕に、流河の腕が回された。
動くたびに、手錠の鎖がジャラジャラ音を立てる。


鎖で繋がれている僕達の、心は少しも繋がっていない。


滑稽な現状を思って、僕は一人、悲しみを抱いて眠りについた。










04.09.11