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「松田さん 父のことは僕がしますから」
「しかし・・・局長の身の回りを気にするのも部下の仕事です」

某ホテル捜査本部室内のソファで寝転んだ夜神総一郎を挟んで夜神月と松田は対立していた。
横になった総一郎にすかさず毛布をかける松田を見て、ライトから口を出した。

「息子である僕がいるときは任せてください」
「・・・・・・わかりました」

悔しそうな顔をして松田が頷いたのを見、ライトは眠り込んだ父親の分厚い眼鏡をそっとはずした。
疲れてはいるが入院前と比べると生気がある分、安心して寝顔を眺めていられる。
隣りでは松田が同じように総一郎を見つめていたが、ライトが顔を向けると身を翻して去って行った。

「父さんは僕が守るよ・・・」
『ライトの父親は狙われてるのか?』
「ん 」

捜査本部で出会う以前に、ライトは松田が家へ訪ねてきたことを思い出した。
総一郎が呼んで連れて来た松田は家にいる間中、楽しそうに過ごしていた。
総一郎の隣りに座って。
松田は警察庁特別捜査本部に身を置く将来有望なエリートかつ好青年だ。
しかし仕事上の付き合いとはいえ、松田の総一郎を見る眼には何かある。
捜査本部に加わるようになってからライトはより強く松田への疑いを深めた。
ことあるごとに父親に近づく男にライトは苛立ちを覚え、先ほど遂に牽制した。

「ライトくん この資料に目を通して頂けますか」

父親の顔を眺めながら回想していたライトの思考に、Lこと竜崎が割り込んだ。

「わかった 竜崎はいつ見ても起きてるな」
「見ていないときに眠ってますから」
「睡眠もほどほどに取らないと・・・甘いものばかり食べてないで」
「このケーキ ライトくんも食べますか」
「僕は遠慮しておく この資料のこれ・・」
「それはですね・・・・・・」

総一郎の眠る傍らで、二人はボリュームを落とした声で話し合い始めた。
ライトの傍らで座っていたリュークは二人のやり取りに目を輝かせて面白がった。






資料に目を通して一段落したところで誰が頼んだのか、お茶を持って松田が入ってきた。

「竜崎 ライトくん 少し休憩にしませんか」
「どうも」
「お菓子は?」
「プチマフィンです」
「まだ食べる気か!?」
「竜崎は食べるとはかどるようなので」
「・・・・・・」

ライトは閉口して松田が淹れたコーヒーに口をつけた。
熱いそれは舌に軽く火傷を負わせたが、ライトは何事もなかったようにカップを置いた。

「ライトく・・」
「局長 目覚まされたんですか」

Lの言葉を遮り、松田は総一郎が起きたのを目ざとく嗅ぎつけて駆け寄った。
ソファに横たえた体を起こそうとする総一郎を手伝い、眼鏡を渡す。
松田と総一郎の間に流れる慣れた雰囲気を、ライトは眉間にしわを寄せて見た。

「竜崎 松田さんは誰にでもああして世話を焼くのか?」
「そうですね ただ夜神さんには特に・・・」

松田に釘を刺してはみたものの、父親の世話を日頃からしているわけでもなく出遅れたライトは、
当然のように世話を焼く松田に苛立ちを覚えた。

「父さん 後は僕が残るから今日は帰って休みなよ」
「ライト・・・しかし息子を残して私だけというわけには・・」
「いえ 夜神さんもお疲れのようですしここは聞き入れてください」
「竜崎までそう言うのなら ライト すまないな」
「謝らないで 僕は少しでも役に立てるよう 頑張るよ」
「ああ 後は頼む」
「局長 下までお送りします」

黙って成り行きを見守っていた松田が口を挟んだ。
自分の言ったことをあの場では了承したはずが、
牽制する前にも増して総一郎を構おうとする松田を、信じられない面持ちでライトは眺めた。

「一人でいい 松田も無理はしないように じゃあ」
「・・・・・お疲れ様でした」
「夜神さん また明日」

総一郎に見送りを断られた松田を尻目に、ライトはドアの傍まで父親に付いていく。

「父さん ちゃんと寝るんだよ」
「どうした 口うるさくなって・・母さんみたいに」
「はは 心配だからさ じゃあ おやすみ父さん」
「おやすみ」

笑顔で父親を見送ったライトはドアを閉めて戻った。
プチマフィンを頬張ったLと、コーヒーの湯気を見据える松田がそれぞれソファに座っている。
一人掛けはLが独占しているため、ライトは松田の正面に座った。

「松田さん 僕が言ったこともうお忘れですか?」
「あ・・・ああ ついいつもの癖で・・・」
「今後は気をつけてくださいよ」
「・・・はい」
「ライトくん プチマフィン食べませんか?」
「ん 」

念を押された松田のしょげた姿に満足し、ライトはLに勧められた洋菓子を手に取った。
今日はこの三人で泊まりこむことになりそうだった。
早々に休憩を切り上げたライトは自分の仕事を再開した。








日付けが変わって二時間後、仮眠を取ろうとライトは別室へ移動するため部屋を出た。
予備でキープされていた部屋の前へ足を運んだとき、松田が声をかけてきた。

「ライトくん ちょっといいですか」
「・・・父のことで ですか?」
「はい あの・・中で話したいんですが」
「わかりました」

きっちり話をつけてやろうとライトは松田を招き入れた。
ベッドと一人掛けのソファがゆったりと鎮座している部屋で、ライトはベッドに腰を下ろした。
背後で部屋を見回したリュークの、『こういうところにも住んでみたいな』という呟きは無視された。

「松田さんはソファどうぞ」
「ああ・・」
「それで 本当にこれから父に近付かないと約束出来るんですか?」

単刀直入に本題を切り出す。
下を向いた松田はゆらりとライトの放った言葉で体を揺らした。

「なぜそこまで・・・私を局長から離そうとするんですか?」
「僕の質問に答えてませんが・・まあいいでしょう 松田さんが父に特別な感情を抱いていると感じたからです」
「!? そ・・そんな・・違います!」
「あなたの父を見る眼は上司を見る目付きじゃありませんよ」
「・・・・・しかし 例えそうだとしても私は何もっ」
「僕の立場になって考えてください 仕事場で父に現を抜かす刑事 しかも男が居れば引き離そうと考えるのは自然なことです」
「私はただ 局長に憧れて尊敬しているだけです!」
「でしたら・・・その息子が嫌がっているんです 聞き入れていただけますね?」

言葉に詰まった松田は首を縦には振らない。
自分の感情を否定しながらも強情な態度を取る松田がライトの癇に障った。

「僕の要求が呑めないようだったら父に言いましょうか」
「な・・・何を・・」
「松田さんの性癖だとか・・誰に思いを寄せているのか ですよ」
「ライトくん!本気で言ってるのか!?」
「ええ 」

口角を上げたライトは松田を不遜な笑みで見返した。
ここまでして父から遠ざけようとする必要があるかどうかより、松田の反応を試すようにライトは追い詰める。
拳を強く握って震わせた松田は、突然、ベッド上で優雅に足を組んで座っているライトに襲い掛かった。
ライトの胸倉を掴み、ベッドに突き倒す。

「くっ・・」
「キミに何が分かるっ!俺はずっと局長のことを・・・・必死で隠して来たのに!!」
「まつ・・苦し・・・」

シャツの襟を両手で握り締め揺さぶられ、ライトの首は圧迫されている。
松田を侮っていた。
こんなキレ方をするとは思いも寄らなかったライトは誤算に追い詰められる。

「ただ一緒に仕事をしてたまに身の回りのことを手伝って・・それだけじゃないか!」
「はなせっ!」

ライトは逆上していた男のがら空きだった腹の辺りに、蹴りをお見舞いした。
反撃で床に転がった男を見る余裕もなく、咳き込む。
首には痛みが生じた。
体を起こすと、腹を押さえて呻いている松田が目に入った。
そこまで真剣に父親を想っている報われない男が少し哀れに見えてくる。

「・・・そんなに想っているのなら・・尚更傍に居ない方がいいんじゃないですか」
「分かったようなことを言って・・結局俺をあの人から引き離そうって魂胆か」
「・・・・・・どう取られても結構ですが・・」

すべてを言い終わる前に獰猛な動きを披露した男に遮られ、視界が回ったと思ったらライトは頭を床に打ち付けられた。

「〜〜たっ!」
「なんでキミが捜査本部に加わったんだっキミさえ来なければ俺はずっと・・・!」
「頭打ったじゃないですか! 僕じゃなくてもあなたの態度じゃ誰でも気付きますよ」
「!!・・・俺の気持ちを言ったら許さない・・言えないようにしてやるよ!」
「ちょっ」

ライトの上に跨って押さえつけている男はシャツの前を力任せにボタンごと引き千切った。
荒い手付きで直に肌をまさぐられてサッと鳥肌が立つ。
圧し掛かられて足の自由が利かないライトは両手で松田を止めようとする。
胸の尖りを抓られ、怯んだ隙に松田はライトの両腕を取り押さえ、チェック柄のネクタイで手首を拘束した。

「松田さん!解いてくださいっ」
「俺は俺の想いを守るために・・キミを抱く」
「なに馬鹿なこと言って・・・落ち着いて判断してください!」
「もうこれしかないんだ さすがのキミも男に犯されたとは・・言えないだろう?」

松田の本気を感じ取ってライトの体は竦んだ。
こんな時の対処の方法など想定外で教えられていない。
逃げる方法を考えようと必死で頭を使おうとするが、
肌を滑る男の手に恐々としながらでは上手くいくはずもなかった。
ジッパーを下ろされ、男の手が前に触れてきた。

「松田さんっ!!」
「・・・こうして触れられるのは初めて?」
「別に・・」
「初めてなんだろう?分かるよ」

図星を指されてライトは反射的に顔を背けた。
その仕草を見て忍び笑いを漏らした松田はゆったりと前を弄りだした。
この部屋へ入って来た時は優位に立っていたライトの立場が、完全に覆されていた。

「もう・・やめてくださいっ!」
「恥ずかしがることはないよ 触れられて反応するのは自然なことだ」
「くっ・・・その気色悪い手を離してください!」
「なんだって? だったらそんな手でここをこんなにしてるキミはなんだい」

勝手に起ち上がり始めた中心を情けなく思ったが、ライトは松田をきつく睨み付けた。

「父が好きなのに・・よく・・その息子に手が出せますね!」
「体だけならどうとでもなる キミだってそうだ」
「冗談じゃないっ!それでもあなた刑事ですか」
「刑事だろうが今は関係ない・・ライトくん 逃がしはしないよ」

大人しいウサギが獰猛な肉食獣に変わったように豹変した松田は歪んだ笑みを顔に浮かべた。
信じられない思いで足掻き続けたライトだったが、拘束されていては逃れられる手立てが無く。
松田の手に落ちた。









凶行を終えた松田は痛みで呻くライトをベッドに運んだ。
綺麗なきめ細かい体に痣が散り、ネクタイを解いた両の手首は色を変えて鬱血している。
さすがに悪いと思ってか濡れタオルで体を拭こうとした松田の手を、ライトは叩いた。

「思い通りにできて満足でしょう!・・もう僕には触らないでください」
「そ その・・頭に血が上って・・・」
「言い訳は聞きたくありません さっさと出て行ってください」

謝罪をするでもなく真っ先に言い訳する松田の態度に頭に血が上った。
ライトの怒りを感じ取っているはずの男はぐずぐずとその場で立ちすくんでいる。

「しかし・・・」
「まだ何か?」
「このことは絶対・・絶対に内密にしてほしい!」
「・・・よくそんなことが言えますね 謝罪も無しで」
「俺がキミにしたことはすまないと思ってる・・虫のいい話だが今日のことは誰にも・・」
「誰に言えって言うんですか!? 松田さんも僕が言えるはずないから・お・・犯したんでしょう」

掛ける言葉を失った松田は、すまない・・と呟いて部屋を後にした。
男の懇願はライトの胸を抉り、痛んだ体以上に傷付けた。
松田と父親の関係に苛立って熱くなった結果がこれか。
途中から父を守る決意を忘れて松田に必要以上に接近していた。
決して悟られまいと報われない想いを自分の父親に注ぎ続ける松田。
父と自分のことしか見えなくて自己中心的な馬鹿な男だ。
しかし、もっと馬鹿なのは・・・

「くそっ」
『おいライト・・・泣いてるのか?』
「これは泣きまねの練習だよリューク ・・・ちょっとこっち来い」
『・・・・・・・』
「よし 抱き枕にちょうどいい」
『リンゴ奮発してくれるなら朝までこうしてていいぞ』
「リュークは本当にリンゴばっかりだな・・ぷっ」

リンゴ好きの死神の胸を枕にして、ライトは馬鹿な自分を慰めた。
次に目が覚めた時には、いつもの夜神月に戻るために。

少し湿った胸元を不思議に思ったのも束の間、リュークは褒美に貰えるリンゴに想いを馳せた。








『明日はリンゴハーレムだ・・・うほっ』

 


04.06.23