「リューク・・・?」







hide-and-seek







気付いたのは、大学の講義を終えて帰る途中。
いつも僕の背後に憑いてまわっている死神の姿が消えていた。




あの巨体を見逃すはずがないが、背後や上へ首を動かしてみる。


「リューク・・・」


呼んでみても応えは無い。
確かに、講義中までは大人しく僕の傍らに座っていた。
特に変わったところは無かったし、聞いてもいない。
いつも通り。
しかし今、珍妙な顔の死神は視界の中に映らない。


「夜神君 どうかしましたか?」

構内のメインストリートで立ち止まっていると、向かって右でリムジンの傍に立っている流河に声を掛けられた。

「リュー・・・いや 何でもない」
「車 乗っていきませんか?」
「今日は 遠慮しとくよ またの機会に」


今はこいつに付き合ってる暇は無い。
それにリュークのことは誰にも聞けない。
そもそも僕のほかに姿を見れる人間はいないから、流河に言っても仕方がない。
ライトは足早にその場を立ち去った。


「・・・・・・何かあるな」
「竜崎 早く 皆様ホテルでお待ちですよ」
「ああ・・・」

ライトの普段と違う様子が気になったLだったが、
仕事を放り出すわけにはいかず、車の座席へ体育座りで収まった。









デスノートを僕が所有している限り、リュークは僕の命が尽きるまで憑いてまわる決まりだ。
しかし、デスノートの最後を見届けた場合にも、リュークは僕の背後から居なくなる。
家にある僕の部屋に隠してあるデスノートに、何か起こったのかもしれない。
緊張の走る体を叱咤し、ライトは急いで家に向かった。





カチャ・・
自分の家に帰るのに、今ほど焦れて恐れてたことは無い。

「ライト おかえり」
「・・・・・・」

挨拶も返さず、マイルームへと続く階段を上る。
中へと繋がる扉を開ける前に、慎重に周囲の様子を観察する。
仕掛けていた対侵入者用の罠に引っかかった形跡は無く、出かける前と変わらない。
少し安心しつつも、用心しながら部屋の中へ入った。
カチリ
当然、扉には鍵をかけ、一直線に机へ。
一番上の引き出しを開き、裏の小さな穴にボールペンの芯を通す。
少し手が震える。
上がった板の下には、前と同じようにデスノートが鎮座している。
いや、まだ安心は出来ない。
取り出して調べてみる。

・・・・・・デスノートに変わりなし。


「ふ〜〜・・・・」


ん?
じゃあ、リュークは何故いないんだ?
デスノートも無事。僕もこうやって生きている。
リンゴ抜き以外に怖いものなしのリュークだが、デスノートの掟には逆らえないはず。
妙だ。
教室に置いてきた・・・とか。


「まさかな・・・」


呟きは散って落ちる。
独り言なんて久し振りで、一瞬虚しさがよぎった後、怒りが立ち込めてきた。
小さくなって座っていても、リンゴに夢中でも、ベッドでだらけていても、
僕が部屋に居ればリュークもここに居なければならない。
それが死神の役目だったはず。
これは、怠慢だ。
腹が立つが、探すのはもっと癪にさわる。


「それより流河だ・・・僕に付きまとってウザったい どうにかしないと・・」


すぐに姿を現すだろうと高をくくって、ライトは別の思考へと頭を切り替えた。














「ライト 粧裕 ご飯よー」
「あ はーい」
「!」

はっとして時計を見る。
もう七時過ぎ。
四月のはじめのこの時期、窓の外は既に日が落ちて暗くなっていた。


「リュークの奴 まだ帰ってこない・・・」


自分の部屋に居るのに、ひどく違和感を感じる。
死神が一匹、いないだけで部屋が広々として見える。
心配かけさせて・・・帰ってきたらしばらくリンゴ抜きの刑だな。
階下に下り、父を抜かした家族三人で夕食を共にする。
父は相変わらず、キラ捜査に掛かりきりで姿を見ることすら珍しくなっている。

ご飯を食べ終え、デザートのリンゴを食べる。
うさぎに切られたリンゴを見て、
以前リュークが『まるごとの方がいいのに・・・』と漏らしていたことを思い出す。
お前の大好きなリンゴはここにあるのに、どこへ行ってるんだ!?
もしかしたら・・・リンゴに釣られてふらふらしているのかも。

ガタッ
「ライト?」
「ちょっと出かけてくる」
「何言ってるの 突然」
「あーーー 行っちゃった お兄ちゃんもお年頃だから 恋人のとこにでも行ってんのかな?」
「粧裕 何か知ってるの?」
「ううん でも最近お兄ちゃん怪しいもん」
「そうね・・・お母さんの知らない下着洗濯に出すくらいだし」
「ぎゃっ お兄ちゃんてばやるぅ〜」
「粧裕! ライトのことはいいから・・あなたもう少しお勉強頑張るのよ」
「え〜〜〜」



母と妹が勝手な会話を繰り広げているとは思いも寄らないライトは、財布と携帯を持って
家を飛び出し、伊果梨屋へと走った。
果物屋のリンゴは新鮮でおいしいと喜んで食べていたから、ひょっとすると・・・。

着いた伊果梨屋には灯りがともっておらず、閉まったシャッターがライトを出迎えた。
ハズレか。
じわりと浮いた汗を拭い、近辺のスーパーへと足を向ける。
成果コーナーへ行ってみても、涎を垂らしてリンゴを欲しがるリュークの姿はなく、
他にどこを探しせばいいのかと、途方にくれる。

リュークの好物はリンゴ。それ以外は知らない。

とぼとぼと歩いていると大きな青いポリバケツが目に入る。
ライトの手はポリバケツの蓋に伸び、横へずらす。
中から出てきたのは、ゴミ。


「ふー・・・ こんなところ いる筈もないのに」


血迷ってバカな行動を取ってしまった自分を恥じて、並木道のベンチに座る。
辺りに人影はない。
このまま・・・片耳にハートのピアスを垂らした死神は現れないんだろうか。
あいつが居なくても何の支障もない。
言ってみれば唯一、僕がキラだと知っている存在。
それだけだ。
それだけ・・・のはずだった。
しかし、どうだ。
あいつが居なくなった途端、不安に駆られた。
初めのうちはデスノートに何かあったのだとばかり思っていた。
けれど、違った。
リュークが居ない。
呼びかけても返事がない。
僕の、キラの考えを曝け出す相手がいない。
不安が全身を覆いつくし、日頃の自分を保てない。

どうすることも出来なくて、ライトは項垂れてしばらくベンチに座り込んでいた。



近くで、羽のはばたく音を聞いた、気がした。



『よお ライト』
「リューク!お前・・・今までどこに居た!?」
『クククッ 俺を探してたのか? 面白かったぜ』
「笑ってる場合かっ 何かあったのか?」
『いや 隠れてただけだ』
「どうやって・・・ だいたいなんでリュークが隠れるんだ」
『昨日マリオゴルフ させてくれなかっただろ』
「そんなくだらないことで・・・」

呆れて、開いた口が塞がらない。
最悪、死神でも何らかの方法で殺されたのかと心配していたライトは、
リュークが現れたらきつく叱るつもりだった。
今、胸のうちにあるのは、怒りよりも安堵。


『隠れるのもスリルあって楽しいな 外では隠れにくいから上空飛んで疲れたぜ』
「はっ・・・でっかい鳥もいたもんだな」
『ライト以外には見えないからいいさ』
「僕を疲れさせやがって・・・おぶって帰れ」
『無茶言うなよ 人間が浮いてたら目立って仕方ない 捕まるぞ』
「今のは冗談だ」
『・・・・・・』
「さてと スーパーに寄って帰ろう」
『何か買うのか?』
「まあね リンゴ買ってあげるよ」
『ほんとか!? ライト』
「その代わり 新鮮じゃなくても文句言うなよ」
『言わない 早く買って帰ろうぜ』
「まったく・・現金な死神だな ははっ」



いつか。
いつかこの死神と過ごす日には終わりが来る。
最後まで見届けろよ、リューク。
もちろん、僕が勝って幸せになる方の結末を。
それまでは、いつも一緒に居てやってもいい。
たまには優しくしてやって機嫌を取るのも楽しいかもしれない。








家へ帰り着いてリュークにリンゴをやり、
拗ねる原因となったゲームをさせていると、携帯電話が着信音を奏でた。


『夜神君 今大丈夫ですか?』
「ああ 何か用?」
『帰り際の様子が気になっていたので・・・探し物は見つかりましたか?』
「!?」

ひとの行動を見透かすように流河が的確な質問をしてきたので、僕は言葉に詰まった。

『夜神君? まだ見つかってないんですか・・』
「いやもう見つかったよ 気にかけてたのか」
『私が勝手に心配していただけです では また』


あっさりと途切れた回線。

「・・・用件はそれだけだったのか?」


キラ事件捜査本部で指揮を執る流河は、ああ見えて忙しい。
そんな流河がわざわざ掛けてきた一本の電話。
僕の様子はそんなに心配するほど不審な点があったのか。
流河の気まぐれか。
それとも・・・
真意は謎だが、案外あいつが電話を掛ける行為自体、貴重なのかもしれない。



眼を輝かせてゲームに熱中している死神を見やり、
着信履歴に残った番号を眺める。



ライトは自分に構ってくる流河と名乗る男について、ほんの少し見方を変えてみることにした。





 


04.06.09