a tail −しっぽ−




僕の嗅覚は、大好きなコンソメチーズの匂いを嗅ぎ取った。


ねぐらの中でLの飼い主松田が居ないうちに読んでいた新聞を置き、僕はそっと穴から外の世界を窺った。
憎いケンカ相手のLは、柔らかそうなネコ用ベッドの上で体育座りのまま眠っている。
チーズは、ベッドの傍に置いてあった。
ネコを起こさないように忍び足で獲物を目指す。
周囲に目を走らせたところ、トラップは仕掛けられていないようだ。
ご丁寧に皿の上に三角形のコンソメチーズが乗っている。
唾を飲み込んで、今日の収穫に手を伸ばす。

掴んだ瞬間、コンソメの香りがいっぱいに広がって僕は喜びを噛み締めようとしていた。
しかし、

「ぐっ・・・!」

体の一部に強い衝撃を受けた僕はその場で固まった。

「引っ掛かりましたね ネズミくん この間の分はこれでおあいこにしておきますよ」
「・・・・・この箱を早くどけろ 今すぐに!」
「わかりました・・・・ああ 変色してますね」

どけられた箱の下から、僕の自慢の、細長いしっぽが現れた。
熱を帯びた先端に触れると、目から涙が溢れた。

「泣くほど痛むんですか」
「ふんっ お前のせいだ!」

ネコのトラップで痛むしっぽも、悔しくて涙が止まらないのも、泣き顔を晒す羽目に陥っているのも。
すべて、こいつのせい。

両手で抱えたチーズの穴に、雫が溜まっていく。
髪を撫でたネコに、僕はベッドまで運ばれた。
普段は眺めているだけのネコ用ベッドは柔らかく座り心地が良い。
しっぽの手当てを始めたネコに合わせて、大人しくじっとする。

「これで少しはましになるはずです」
「・・・・・・・・このチーズは僕のものだからな」
「どうぞ お詫びにまるごと差し上げますよ」
「これ以上はいらない」

一匹で暮らすねぐらに、まるごとは入らないし食べきれない。
ネコ用ベッドは気に入っているが、ここにはもう用はない。
チーズをしっかりと抱えなおした僕は立ち上がった。

「もう帰るのですか?」
「ああ・・・・」
「待ってください」

患部を避けてしっぽを摘み上げたネコは、包帯の上に口付けた。

「! 何する・・」
「痛みがやわらぐお呪いです 早く治るといいですね」
「その痛みを作った張本人に言われたくない! 僕は帰る」
「はい また明日もお呪いしてあげましょう」
「結構だ」

ネコの手からしっぽを取り返して、僕はネコの元を去った。


しっぽが火照るのは、怪我のためだと腹を立て、耳が赤いのは、気にしないことにして。
僕はコンソメチーズをテーブルに載せて一人優雅な食事を開始した。




 



04.10.05