Good morning  −おはよう−




一つ屋根の下、敵同士の僕らの闘いは、朝から始まる。


「ほら 竜崎ご飯ですよ〜」
「にゃー」

鳴き声をあげて床に置かれた砂糖入りのミルクを舐めるネコ、L。
あいつの飼い主・松田はネコに敬語で話しかけるオス(人間)だ。
Lという名前があるにもかかわらず、松田は“竜崎”と呼んでいる。
人間には、僕達の言葉は通じないらしい。

「いいコにしていてくださいね いってきます」
「んにゃー」

首をくすぐってネコの飼い主は、扉の向こうに去って行った。
立ち上がったネコは松田用の椅子に上がって座った。
さっきまで飲んでいたミルクはまだ沢山残っている。

「朝食をお持ちしました」

いい匂いを部屋いっぱいに漂わせながら、老体のネコが食事を運んできた。
Lは指を銜えて料理が並べられるのを見ている。
飼い主がいないのをいいことに、豪華な食事にありつくLの傍らから。
コンソメの香りを嗅ぎつけた僕は、覗き穴からそろり抜け出す。
Lにこき使われているワタリが席を外した、今がチャンスだ。

ドーナツを頬張っているLのところまで、落ちていたボールを押して身を隠しつつ進む。
ターゲットは、コンソメ味のチーズ。
ボールを持ち上げ、悠長に朝食を楽しむネコめがけて思い切り投げる。

「っ!」
「はは」

ネコの顔に命中して、気分よくテーブルの一角から駆け上る。
コンソメ味チーズを両腕で抱え込むと、不穏な空気が背後で動いた。
斜め上を振り仰ぐと、ドーナツを持ってネコが待ち構えている。

「くっ・・」
「捕まえた 痛いですよネズミくん」
「離せ!」
「逃がしはしません」

ドーナツの輪を被せられ、僕は自由を奪われた。
チーズが手元から遠くなり僕の体はドーナツごと浮き上がった。

「僕のチーズが・・」
「私の顔の腫れよりチーズを気にするなんて酷いですよ」
「何する!いふぁいっ」
「一回は一回ですから」

ネコに頬を抓られて、僕はむくれてそっぽを向いた。

「ネズミくん 朝会ったときには何というか知っていますか」
「さあ 知らない」
「・・・挨拶を忘れています」
「そんなもの交わす仲でもないだろう」
「私の方を向いて」

大きな指に向きを変えられる。

「おはようございます ネズミくん」

目の前にあった唇が、僕の口に押し当てられた。
仰天して、僕は暴れてネコに蹴りを入れてやった。

「何てことするんだ! 僕はネコなんかと挨拶はしない!」

テーブルの上、ドーナツから這い出してチーズを掴んだ僕は一目散にねぐらへ戻った。

「この借りは今度返します」

出来るものならやってみろ。

「あいつ・・・・・絶対許さない!」

唇を奪われて落ち込む暇もなく、今度はどんなイタズラで困らせてやろうかと、チーズを齧りながら僕は頭を捻った。




 



04.09.24