ヅライトの苦悩





僕は完璧だった。
頭脳明晰、容姿端麗、運動神経は抜群、おまけに器量良しの人間なんて、他に知らない。
憧れや羨望、時には嫉まれることすらも、僕ほどの人間ならば仕方ないだろうと割り切ってきた。
思い通りにすべてが上手くいき、僕は自分の未来予想図に向かって順調に歩みを進めていた。
あの日までは。

十五の春、初めての喪失を味わった。
何かを失ったときに初めて人はその大切さに気付くと言うが、僕はあの日からずっと、 地毛を失った絶望といかにそれが大切なものだったかを毎日噛み締めている。
どんなに精巧でズレないカツラでも、偽物は本物には敵わない。
それでも、僕はヅラを被る。
3年前と変わらず、完璧な僕を装うために。
夜神月がヅラだと暴かれないように。




午後のひととき、ティータイムに松田が髪の話を持ち出した。
捜査本部のあるホテルの一室、父の隣りに座っていた僕は眉を顰めて松田を見る。

「僕の髪伸びてきたのでそろそろ切りたいなって思うんですけどなかなか時間が無くて・・」
「少しモサモサしてるから切ればすっきりするかもしれませんね」
「ライトくんもそう思ってたんですか!? ショックだなぁ・・・僕の髪は寝癖もつきやすくて大変なんですよ はは」
「朝起きて髪の毛がハネていると直すのに苦労しますよね」

僕は笑顔で松田の相手をしていたが、内心では罵倒していた。

(こっちは切る髪の毛一本すらないんだよ!寝癖つく髪がないんだよ!大変ならいっそ坊主にでもしてしまえこの天然バカがっ!!)
僕はそこで会話を断ち切ろうとしたが、アフロが身を乗り出してきた。

「俺もしばらく切ってないから頭がでかくなって困る」
「僕からすれば相沢さんの頭は立派で羨ましいくらいですよ」
「そうか・・・?」

僕の一言で顔を輝かせているアフロを、内心せせら笑う。

(なにアフロ増量しちゃってんの? 鬱陶しいんだよ暑苦しくてしょうがないんだよ!そんなむさ苦しいアフロやめちまえこの剛毛モジャ頭っ!!)
自分だけケーキを食べて傍観していた流河まで、参加してきた。

「私は周りの者が手入れするので特に不都合は感じません」
「他人にやってもらうのか 僕は自分で手入れしてるよ」

自慢げに言ってやった僕だが、内心悔しさで一杯だった。

(こいつはしなやかな黒髪のありがたみを分かっちゃいない!それだけの髪をヅラで換算したらいくらになると思ってるんだ ヅラは高いんだぞ!!)
よどみのない動作で、自分の手で頭にそっと触れた。
いつもと変わらない感触に安心する。

「ライトくんは自分で手入れしてるんですか?」
「まあね」

(当たり前だろう お前と違って毎日風呂場でせこせこ洗って乾かして丁寧に梳かして毎日被ってるんだよ!!)

「綺麗でサラサラな髪でいいな〜 僕は少し癖があってもっさりしちゃうんです」
「松田さんには松田さんの髪の良さがありますよ」
「そうかな・・・」
「寝癖も可愛いという女性がいるんじゃないですか? はは」

(僕の髪が綺麗なのは当然なんだよ 自分の髪を再現するのにいくら注ぎ込んだと思ってるんだ松田!
お前の給料じゃ間に合わないくらいヅラに金かけてんだよ こっちは!)

僕の周りは敵だらけだ。
いや、父は僕のヅラ事情を理解しているが、沈痛な面持ちで成り行きを見守っている。
たかが髪の話題で片付けられる話にそぐわないその様子は、かえって不自然だった。

「父さんは白髪染めはしないの?」
「あ・ああ 髪を染めるつもりはない」
「夜神さんとライトくんは随分髪質や色が違うんですね」
『くくくっ 確かにライトだけ浮いてるな』 「・・・・・僕だけ家族の中では違うんだ 色素が薄いだけだよ」

(こいつ 僕がヅラ被りだと知っていて話を引っ張る気か!?しかもリュークまで浮いてるとか言いやがって・・リンゴ抜きだな)

「竜崎・・・・ライトは髪のことを気にしているからそっとしておいてやってくれ」
「父さん!」
「え?ライトくん髪の色が違うこと気にしてるんですか? 薄茶色で綺麗な色ですからもっと自信を持ってください!」
「・・・・どうも」

見当はずれな松田の励ましは、ヅラを気にしている僕を苛立たせる。
腹が立って流河を睨みつけたら、最後の苺をフォークに刺して揺らした。

「苺ほしいですか?でもこれはあげられません」
「誰もほしいとは言ってない」

本当に欲しいものは、もう手に入らない。
脱毛して以来、完璧なはずの僕は欠陥を抱えたヅラ被りに成り下がった。
望んでも手に入らないものを追うのは疲れる。
開発されたヅラを被って最先端を取り入れても、満足感の中に虚しさが付きまとう。

「ライトくん」
「ちょっと失礼します」

僕は顔を伏せて足早に洗面台のある脱衣所へ向かった。
ちょっとしたことで暗い考えに囚われた自分に嫌気がさして、情けない顔を洗う。
たかが髪のこと。
けれど笑い飛ばすには、僕のプライドが邪魔をした。

「夜神くん 怒ってるんですか?」
「・・・・・・・・」

タオルに顔を埋めたまま、僕は落ち込んだフリをする。
流河の手が、前髪を摘まんで引っ張った。

「僕の髪(ヅラ)に触るんじゃない!」
「いいでしょう 私は知っているんですから(ヅラのこと)」
「流河は僕が秘密のことで悩んでるのを知ってて皆の前で髪の話題を膨らませて・・僕に嫌がらせをして楽しいのか!?」
「そこまで気にしているとは気付かなくてすみません」

お詫びに、と言って流河は僕の唇を掠め盗った。

「何するんだ!誰かに見られたら・・」
「私は背中にも目があるんです 誰か居たらしませんよ」

冷静で余裕のある流河を見て、怒鳴って焦った自分に恥ずかしくなる。
僕は腹いせに流河の黒髪を掴んで思い切り引っ張った。

「痛いです!夜神くん」
「侘びはいらないから罰を受けろ」
「髪の毛が抜けてしまいます これ以上やるなら夜神くんの秘密を妹さんにバラします」
「!それは絶対にダメだ!粧裕に知られたら僕は・・・」

力を込めた手を解き、僕は項垂れた。
粧裕にヅラ被りだとバレれば、軽蔑されて僕は自慢の兄ではいられなくなる。
床に出来た僕の影に、流河の影が重なって濃くなった。

「夜神くん 捜査協力が終わったら一度帰ったふりをしてまたホテルへ戻ってきてください」
「断る と言えばバラすのか」
「私は夜神くんを脅す気はありません」

従わなければ妹に言う準備は出来ている、と暗に脅しているくせによく言うな、こいつ。
弱味を握られている僕は、渋々了承して脱衣所を出た。

(今夜あいつが寝てる間に、10円ハゲを作ってやる! 僕の辛さを思い知れ)




ハサミを買って戻った僕は流河に何度も抱かれて眠ってしまい、逆襲を果たすことは叶わなかった。




『ライトのやつ・・・・・カッコ悪〜〜〜!!』





 


04.08.10